2020-04-17 新世代「ソユーズ」ロケット、初の有人飛行に成功 - 進む次世代機の開発
鳥嶋真也

https://news.mynavi.jp/article/20200417-1018800/

近代化と脱ウクライナ - ソユーズ2.1aロケットによる有人飛行成功の意義

ロシアの国営宇宙企業ロスコスモスは2020年4月9日、新世代のソユーズ・ロケットである「ソユーズ2.1a」による、初の有人打ち上げに成功した。

これによりロシアは、主力ロケットの近代化と脱ウクライナ化を達成。さらに、次世代の有人宇宙船とロケットの開発も進めているが、課題も多い。

ソユーズMS-16
ソユーズ2.1aロケットは4月9日17時5分(現地時間14時5分)、「ソユーズMS-16」宇宙船を載せ、カザフスタン共和国にあるバイコヌール宇宙基地から離昇した。ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約8分後に宇宙船を分離、所定の軌道に投入した。

宇宙船はその後、軌道を徐々に変えていき、打ち上げから約6時間後の9日23時13分に、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングした。

ソユーズMS-16には、国際宇宙ステーション(ISS)の第63次長期滞在クルーであるアナトーリ・イヴァニシン氏(ロスコスモス)、イヴァン・ヴァグナー氏(ロスコスモス)、クリストファー・キャシディ氏(NASA)の3人の宇宙飛行士が搭乗していた。

なお当初、ロシア側の2人の宇宙飛行士は、ニコライ・ティホノフ氏とアンドレイ・バブキン氏の2人が割り当てられていたが、ティホノフ氏が目に怪我をしたことで、バックアップ・クルーであったイヴァニシン氏、ヴァグナー氏と交代することになった。また、バックアップ・クルーにはスティーヴン・ボーウェン宇宙飛行士(NASA)も割り当てられていたが、NASAの宇宙飛行士に関しては交代は行われず、キャシディ氏が残留した。

今回の打ち上げでは、新型コロナウイルスの流行により、クルーの家族やメディア関係者は打ち上げを見守ることができず、打ち上げ前の伝統的な催しも中止、簡略化されるなど、やや寂しい旅立ちとなった。

ISSには、オレッグ・スクリポチカ氏(ロスコスモス)、ジェシカ・メイヤー氏(NASA)、アンドリュー・モーガン氏の3人の宇宙飛行士が滞在しており、今回打ち上げられた3人が合流し、ISSは6人体制での運用が始まった。なお、この3人は今月17日にソユーズMS-15で地球に帰還する予定となっている。

一方、今回打ち上げられた3人は、これから196日間にわたってISSに長期滞在し、今年10月22日に地球に帰還する予定となっている。滞在中、各種実験やメンテナンスを行うほか、予定どおりならば、米スペースXの「クルー・ドラゴン」宇宙船による初の有人での試験飛行を出迎えることにもなる。

ソユーズ2.1aロケットによる初の有人飛行
今回の打ち上げは、ソユーズ・ロケットの最新鋭機である「ソユーズ2.1a」による、初の有人飛行だった。

従来、ソユーズ宇宙船の打ち上げは「ソユーズFG」というロケットで行われていた。ソユーズFGは、世界初の大陸間弾道ミサイルであり、1957年に「スプートニク」を打ち上げた「R-7」から、基本的な構造などはそのままに、エンジンの改良などで打ち上げ能力を向上させたロケットである。初打ち上げは2001年におこなわれ、これまでにソユーズ宇宙船をはじめ、多数の衛星を打ち上げてきた。

一方、2006年からは「ソユーズ2」という新しいロケットがデビュー。ソユーズ2は、見た目は従来のソユーズ・ロケットとほとんど同じではあるものの、エンジンをさらに改良したり、電子機器を近代化したりし、より効率的な衛星打ち上げを可能にしており、目立たないながらも大幅な進歩を遂げている。

なにより重要なのは、ソユーズFGなどではウクライナ製の飛行制御システムを使っていたが、ソユーズ2では国産化に成功したことである。これまではウクライナから購入金額を釣り上げられたり、またウクライナ危機後には入手しにくくなったりといった問題があったが、これが解消され、宇宙へのアクセスの自律性を維持し続けることができるようになった。

なおソユーズ2には、1段目、2段目エンジンを改良し、電子機器を近代化したソユーズ2.1aのほか、3段目エンジンも改良して、打ち上げ能力をさらに高めた「ソユーズ2.1b」という機種もある。さらに、ソユーズ・ロケットの特徴でもある、2段目、3段目のコア機体に寄り添うように装着している4基の1段目機体を取っ払い、さらに2段目エンジンも換装し、もはやR-7とは似ても似つかなくなった「ソユーズ2.1v」という機種も存在する。また2.1aとbは、欧州のアリアンスペースにも輸出され、南米仏領ギアナからも打ち上げられている。

最近では、無人の衛星や探査機などの打ち上げはすべてソユーズ2で行われるようになった一方、有人飛行は信頼性がなによりも重要であることから、旧型のソユーズFGが使われ続けてきた。しかし、いよいよ世代交代することになり、2019年8月にまず無人のソユーズMS-14宇宙船を載せて打ち上げる試験を実施。主に緊急脱出システムの改修の検証などが行われ、その結果が良好だったことから、いよいよ今回から有人飛行が行われることになった。

これにより、ソユーズFGは引退となり、今後すべてのソユーズ宇宙船はソユーズ2.1aを使って打ち上げられる。また、これにともない、ソユーズFGなどの旧型ソユーズ・ロケット用の発射台だったバイコヌール宇宙基地の第1発射台、いわゆる「ガガーリン発射台」も、ソユーズ2シリーズの打ち上げに使えるよう改修する工事が始まっている。

次世代の宇宙船とロケットで、迷走に終止符は打てるか?

次世代宇宙船「フィディラーツィヤ」
初飛行から半世紀以上にわたり、改良を重ねながら運用され続けてきたソユーズ宇宙船だが、いま、それを代替する新型宇宙船「フィディラーツィヤ(Federatsiya)」の開発も進んでいる。

フィディラーツィヤは、姿かたちがソユーズから大きく変わり、円錐台形状の帰還カプセルと機械モジュールから構成され、一見すると米国の「アポロ」や「オライオン」にも似ている。さらにサイズも大きく変わり、ソユーズは最大3人乗りだが、フィディラーツィヤは最大6人が乗り込むことができる。

また、月や火星へ飛行できる能力をもつとされ、月へは最大4人を飛ばせるとしている。ロスコスモスは、NASAが主導する月周回有人拠点「ゲートウェイ」計画にも参画しており、またロスコスモス独自としても月、そして火星の有人飛行に向けた研究・開発を行うとしており、フィディラーツィヤはこうした計画に沿った性能をもつ。

さらに、帰還カプセルのうち、耐熱シールドなどを除く大部分は再使用ができ、運用コストの低減が図られる。

現時点で、2023年に無人での試験飛行を、2024年にISSへの無人の試験飛行、そして2025年に初の有人飛行を行うことが計画されている。

ちなみに、フィディラーツィヤという名前は「連邦」を意味する。また、この名前は計画名、また宇宙船そのものの名前であり、最初に生産される1号機には「アリョール(Orel)」というは名前が付けられるという。アリョールとは「鷲」という意味で、初代ロシア皇帝であるピョートル大帝が創設したロシア海軍の最初の軍艦のうちの一隻の名前であり、またロシア宇宙開発の父であるセルゲイ・コロリョフが、宇宙飛行士たちのことを親しみを込めてアリョールと呼んでいたことにも由来するという。

次世代ロケット「イルティーシュ」
そして、ソユーズ・ロケットもまた、後継機となる「イルティーシュ(Irtysh)」の開発が進んでいる。イルティーシュとは中国からロシアにかけて流れる長大な川の名前から取られている。

イルティーシュはかつて「ソユーズ5」、「フェーニクス」などと呼ばれていたロケットで、地球低軌道に約18t、静止トランスファー軌道に約5tの打ち上げ能力をもつ。

ロケットの構成や性能などは、ウクライナが生産していた大型ロケット「ゼニート」に非常によく似ている。ゼニートのエンジンなどはロシア製だったものの、機体全体の生産はウクライナの企業が行っていたため、ウクライナ危機後、ロシアが自由に調達や運用することができなくなった。そこで、このゼニートをロシアの技術で造り直したようなつくりをしている。

たとえばロケットの直径や全長は、ゼニートより少し大きくなってはいるものの、それほど大きな違いはない。また1段目には、ゼニートで使われていたRD-171の改良型である「RD-171MV」を使う。

いちばん大きな違いは2段目エンジンで、ゼニートではウクライナ製だったものの、イルティーシュでは新たに、ロシア製の「RD-0124M」というエンジンを装備する。ちなみにその原型のRD-0124は、現行のソユーズ2.1bでも使われているエンジンでもある。

イルティーシュはすでに設計が終わり、現在は試験用の部品などの製造が進んでいると伝えられている。初打ち上げは2022年の予定で、バイコヌール宇宙基地にあるゼニート用の発射台を改修したうえで使う。将来的には、極東のアムール州に建設されたヴォストーチュヌィ宇宙基地からも打ち上げられるとしている。

イルティーシュの運用が始まれば、ソユーズ2のほか、前述の経緯で運用できなくなったゼニートや、旧式化しつつあるプロトンMなどを代替し、さまざまな衛星の打ち上げに使われるという。また、商業打ち上げも視野に入れているほか、そしてフィディラーツィヤを打ち上げるための有人ロケットとしても使われる予定である。

迷走に終止符は打てるか
ソユーズと名の付くロケットや宇宙船の後継機の開発が進む一方で、これまでの同様の取り組みは、死屍累々の歴史を歩んできた。

ロケットも宇宙船も、ソ連時代から次世代機の計画が立ち上がったり、開発が行われたりしたが、なにひとつ実用化できず、こんにちに至っている。いまだにソユーズ宇宙船が使われていることや、今回のソユーズ2ロケットによる初の有人飛行の成功は、見方を変えれば、いかに新型機の開発に失敗し続けてきたかということを示してもいる。

ロシアの宇宙開発は、90年代の財政難から停滞が続いており、技術者の世代交代やノウハウの継承に失敗し、近年もロケットや衛星の失敗が頻発している。現在もなお、ロシアの宇宙予算は少なく、各プロジェクトに遅れや中止が生じている。

フィディラーツィヤもまた、現時点で想定より質量が超過するなどの問題が起きており、今後開発や打ち上げ時期が遅れる可能性はある。イルティーシュも、開発は年単位で遅れ続けている。

ガガーリンによる人類初の有人宇宙飛行の成功から、来年で60周年を迎えようとしているいま、有人宇宙飛行はスペースXなどの米国企業が主役となりつつある。はたしてこれまでの迷走に終止符を打ち、2020年代もロシアがこの分野において存在感を発揮できるかどうかは、まさにこの数年以内に、これらソユーズの後継機を今度こそ軌道に乗せることができるかどうかにかかっている。