2016-06-02 宇宙を利用する時代 最もスケールの大きなIoTがそこにある

ロボット、バイオテクノロジー、ヘルスケアなど、投資先として注目を集めている技術分野があるが、それらと並んでここ数年、シリコンバレー企業の経営者や投資家たちがこぞって資金を投入しているのが宇宙だ。かつて宇宙といえば、国レベルの研究機関や大手通信事業者以外には無縁の世界だったが、人工衛星をセンサ機器として捉えれば、それは大きなIoTソリューションの一つにほかならない。ITとの急速な接近により、今やビジネスのフィールドになりつつある宇宙。米国だけでなく、日本のスタートアップ企業もこの市場にチャレンジしようとしている。

●宇宙開発の最先端に立つのは
シリコンバレーのIT長者

 5月6日、衛星通信事業者・スカパーJSATの通信衛星「JCSATー14」を宇宙空間に打ち上げたロケット「ファルコン9」の第1段目が、大西洋上に設けられた“ドローン船”(無人のプラットフォーム)に帰ってきた。宇宙から戻ってきたロケットは、姿勢を垂直に整えながら着陸用の脚を展開し、打ち上げ時に使ったメインエンジンを再び点火。逆噴射で降下のスピードを落とし、4本の脚で船の甲板上にまっすぐに立った。

 一度宇宙へと旅立ち、時速約8000キロメートルまで加速したロケットを、再び地球上に立たせて回収するという離れ業。これをやってのけたのは、これまで宇宙開発の最先端を切り拓いてきたNASAではない。米国の民間企業、スペースXだ。同社は昨年12月、陸上でのロケット再着陸を初成功させたのに続いて、今年4月には人類初となる洋上着陸を実現。そして今回、2度目の洋上着陸に成功した。4月は、高度が比較的低い国際宇宙ステーションへの補給を目的としていたのに対し、5月のミッションはより軌道の高い通信衛星の打ち上げだったため、戻ってくるロケットのスピードが速く、制御はより難しい。スペースX自身、今回着陸に成功する可能性は低いと声明を出していただけに、同社による2回連続の洋上着陸成功は、世界の宇宙航空関係者たちに大きな驚きをもって迎えられた。

●垂直着陸技術で競い合う
テスラとアマゾン!?

 スペースXは民間宇宙ベンチャーの最右翼だが、マスク氏だけが特別な変わり者で、ITの世界から宇宙開発へ転じたというわけではない。今、マスク氏の最大のライバルは米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏だ。同氏はスペースXに先立つ2000年、宇宙開発企業のブルーオリジンを設立し、スペースX同様、垂直に再着陸が可能な宇宙船「ニューシェパード」を開発している。スペースXのロケットとは異なり、現在は垂直に約100キロメートルの高さ(これより上が一般的に宇宙空間と呼ばれる)まで上昇し、まっすぐ地上へ降りてくるだけで、まだ衛星を軌道に投入する能力はないが、地上への垂直再着陸に成功したのはブルーオリジンのほうが先だ。しかも、着陸・回収した機体を整備して、再び宇宙へ送り出すことにも成功している。

●宇宙の主導権は官から民へ

 誰もが宇宙旅行を楽しめる時代はまだ先になりそうだが、宇宙の低価格化の道筋がみえてきた背景としては、これまでの宇宙が国家のプロジェクトに独占されていたのに対し、民間が活躍できる場所が広がってきたことが挙げられる。

 政府主導の宇宙開発は、公金を使う以上大義名分が必要となり、世界初の発見を求める最先端の学術研究や、国家の利益につながる防衛などが目的になりがちだ。ライバルの国より上を目指すことが求められ、多数の関係者の利害を調整する必要もあり、衛星やロケットの仕様はオーバースペックになりやすい。しかも、ビジネスでないためコスト削減のモチベーションが生まれにくい。国家が中心となって宇宙開発をしていた時代、宇宙の値段が高止まりしていたのはある意味で当然だった。

 この流れを変えたのは、やはり宇宙開発のトップを走っていた米国だ。財政難で宇宙開発予算の削減圧力が高まり、スペースシャトル退役を余儀なくされたNASAは、民間技術の積極活用へと舵を切った。多額の税金を使って自前ですべての技術を開発するよりも、すぐれた技術をもつ民間企業を活用・支援するほうが効率的で、産業の発展にも寄与するという考え方だ。

衛星をセンサとするIoTが
宇宙×ITビジネスの再有望株

●宇宙は衛星ビジネスではなく
データビジネス

 宇宙に関する業務というと、ロケットや人工衛星の開発と運用、科学実験や探査といったミッションがイメージされることだろう。もちろん、宇宙の利用がこれからさらに活発になれば、そのような仕事もますます忙しくなるといえる。しかし、ITビジネスとの関係でいえば、宇宙へ行くことや宇宙を研究すること自体よりも、「宇宙で取れるデータ」にこそ大きな価値がある。

 例えば14年、グーグルは小型人工衛星の開発を行う米スカイボックス・イメージングを買収した。グーグルが「イメージング」と名の付く衛星の会社を取得したというと、グーグルマップ用の衛星写真データを自前で撮影するための投資と思われるかもしれない。しかし、それは買収目的の半分も言いあてていないようだ。グーグル傘下となったスカイボックスはこの3月、社名を変更(新社名はテラベラ)するとともに、今後はグーグルがすでにもつ地理データや機械学習技術などを取り入れ、データ分析事業に力を入れる方針を発表した。具体的にどんなサービスを提供するのかは明らかになっていないが、スカイボックスの衛星は宇宙から高解像度の動画を撮影している。地滑りなどの災害を観測・予測したり、人がセンサを置きに行けない奥地の気象や植生を調査するといった用途が思い浮かぶが、おそらく、そのような従来の衛星でも行われていた用途は本命ではないだろう。例えば、店舗の駐車場に出入りする車の台数や、工場の輸送機械の動きを継続的に分析することで、産業のパフォーマンスを計測することもできる(かもしれない)。

●社用車ならぬ
“社用衛星”がもてる時代

 人工衛星をデータソースとして活用するビジネスに取り組むのは、米国企業ばかりではない。08年に東京で創業した超小型(100キログラム以下)衛星開発会社のアクセルスペースは昨年、50機の超小型衛星を飛ばし毎日地球を撮影する地球観測網「AxelGlobe」に取り組むことを発表した。

 同社は、民生用部品の使用や、少人数での開発といったスタートアップ企業ならではのアプローチで、一般に数百億円かかる商用衛星の開発・打ち上げコストを、100分の1に抑えることを掲げている。代表取締役の中村友哉氏は「数億円というと、ヘリコプターと同じくらいの値段。ヘリコプターを所有している企業は少なくないように、これからは自社の衛星を所有する一般企業が出てきてもおかしくない」と話す。アクセルスペースは実際に、気象サービス会社のウェザーニューズから受注した同社専用の衛星「WNISAT-1」を開発し、13年に打ち上げている。

 WNISAT-1の目的は、北極海の氷の観測だ。氷の動きや解け具合がわかれば、安全に北極海を通航できる。海運会社はアジアとヨーロッパを最短ルートで結ぶことができ、輸送コストの大幅な削減が可能になる。北極海を撮影できる衛星はほかにも存在したが、この海域だけを常に高頻度で観測できるわけではない。北極海専用の衛星をもつことで、ウェザーニューズは海運会社に対して高精度の運航支援サービスを提供できるようになった。

●衛星画像に求められる
“時間方向”の解像度

 地球全域の観測・撮影を行う衛星や、それらの画像を販売する事業者はすでに存在するが、一つ大きな問題がある。衛星の機数が少ないため、ある地点を撮影してから次に同じ地点を撮影するまでの間隔が長いことだ。つまり、特定の場所の画像がほしいと思っても、希望のタイミングで撮影されているとは限らないのだ。しかも、1枚あたりの価格は高額。必要なときに必要なデータを取得する、というIoTのコンセプトからはほど遠い。

 アクセルスペースでは、衛星の性能を“ほどほど”にする代わり、従来の大型衛星に比べ1機あたりのコストを抑え、その分たくさんの衛星を打ち上げる。ほどほど、とはいっても、カメラの地上分解能は白黒で2.5メートル、カラーで5メートルと、車1台を識別できる性能だ。中村氏は、「これより高精細な画像は、今後ドローンによる撮影でまかなわれると考えている。より広範囲を一度に撮影できるようにし、“時間分解能”を高めたほうが衛星のよさが生きる」と説明。分解能と撮影範囲はトレードオフの関係にあるので、より広範囲を効率よくカバーできるようにしたほうが、同一地点を高頻度で観測できる。データ分析技術が高度になったことで、1枚の高精細な画像よりも、蓄積した画像の変化のほうに高い価値が生まれるようになったといえるだろう。

●宇宙IoT時代を支える
サービス市場も拡大

 スタートアップ企業による超小型衛星のほとんどは、他の衛星を打ち上げるロケットへの“相乗り”で宇宙空間を目指す。これによって打ち上げコストを抑えられる代わり、ロケットに搭載される主衛星の都合に打ち上げ時期が左右されてしまったり、理想的な軌道に衛星を投入できなかったりという問題がある。その一方、小型の衛星の打ち上げ需要は拡大しているため、超小型衛星に特化した低コストなロケットを開発しようという動きも出ている。

 北海道・十勝平野の大樹町に本社を置くインターステラテクノロジズは、“ホリエモン”こと堀江貴文氏が創業したことで知られるが、超小型衛星打上げ用のロケットの開発に注力している。この3月には、高度100キロメートルへの弾道飛行に必要なロケットエンジンの燃焼試験に成功するなど、着実に技術を積み重ねている。ここでも民間宇宙開発ならではのポイントは、かつての国家プロジェクトのようにハイスペックを追求するのではなく、100キログラム以下の超小型衛星打ち上げをターゲットとすることで、従来数十億~100億円と言われていたロケットの打ち上げ費用を、数億円に抑えようとしていることだ。

 さまざまな企業が多数の衛星を運用する時代を見越して、宇宙ビジネスを始める企業もある。シンガポールに本社、東京に開発拠点を構えるアストロスケールは、地球の周囲を回り続けるスペースデブリ(宇宙ゴミ)の回収サービスの事業化を目指している。デブリの多くは退役・故障した人工衛星や、使用済みのロケットなどで、他の人工衛星や宇宙ステーションなどに衝突するとそれらを破壊する可能性があることから問題視されている。アストロスケールは、粘着剤のついた小さな人工衛星を打ち上げ、デブリに貼り付けて大気圏に引きずり混むことで、デブリを燃やしてしまうアイデアを発表。産業革新機構などから総額約40億円の資金調達を完了した。

週刊BCN 2016年05月30日付 Vol.1630 掲載]