2006-08-17 中国政府がルビジウム原子時計を購入、宇宙大国を目指す中国の長期戦略

中国政府がティーメックス・タイム社製のルビジウム原子時計を18〜20個購入したというニュースが世界の宇宙開発関係者の間で様々な憶測を呼んでいる。

画像に写っている奇妙な金属製の箱が中国政府が購入したティーメックス・タイム社製のルビジウム原子時計となる。一体、この電子部品は何に使うものなのだろうか?

ティーメックス・タイム社のカタログにはこの時計装置の主な用途は「ナビゲーション衛星、軍事通信衛星、追跡官制システム、低軌道デジタル通信衛星」と記されている。端的にいうとこれはGPS衛星の中核部品となる。

GPS衛星は衛星内の原子時計の時刻を地上に送る。地上のGPS受信機がその時刻を受信すると、受信機の時刻との時差を測定することで、GPS衛星と受信機との間の距離を測定することができる。3つのGPS衛星に対して同じことを行えば3角測量の原理で受信機の正確な位置を割り出すことができる仕組みとなっている。

GPS衛星からの電波は光速で地上に送られてくるために、高度2万キロメートルの地球周回軌道上にあるGPS衛星の電波が地上に到達するには100分の6秒しかかからない。逆にいうとGPS衛星から送られてきた時刻が受像機の時刻と1億分の1秒遅れるごとにGPS衛星と受像機は3メートル離れるという計算になる。つまり、1億分の1秒の単位で正確に時刻を刻むことができる時計を衛星に搭載すれば3メートルの精度で地上にある受像機の位置を測定することができるということになる。

実際にはルビジウム原子時計よりも精度の高い原子時計も存在するが、精度が高い原子時計は寿命も短いため、頻繁に交換することの出来ないGPS衛星には普通、ルビジウム原子時計を使い、精度の問題に関してはルビジウム原子時計を複数個(2〜4個)搭載することで解決することが多い。

中国政府がティーメックス・タイム社製のルビジウム原子時計を購入したということは自国製のGPS衛星の開発に着手したことを意味する。

ここで注意が必要なのは現在、使われているGPS衛星はアメリカ政府が本来軍事用に打ち上げられたもので、2000年以前はアメリカの軍事戦略上の理由で、民間の利用にあたってはわざと時計の精度に誤差を入れて測地の精度を悪くしていたという点だ。GPS衛星に加えられているこの機能をSA(Selective Availability)といい、この操作が加えられるとGPSの測地精度に100メートル近い誤差が生じてしまい、大まかな位置しかつかめなくなってしまう。アメリカ政府は冷戦構造が崩れたこともあり、2000年に方針を転換してSAを解除。その後は民間の利用でも高い精度での測地を可能となると同時に、自動車に搭載されているナビゲーションシステムなど民生用の幅広い商品に利用されるに至っている。

GPS衛星は無料で利用できるがそれにも関わらず、ヨーロッパ連合(EU)が独自のGPS衛星「ガリレオ」の開発を進めているのは、結局、アメリカ政府の方針次第でGPS衛星が使えなくなってしまう点を恐れているからに他ならない。もちろん、それは中国も同じだ。

今回、中国政府は18〜20個のルビジウム原子時計を購入している。GPS衛星を地球の全域に渡って展開するためには一地点4個、経度60度ごとの6箇所の合計で最低24個(実際には故障時の代換用予備機も必要)の衛星を配置する必要がある。1個の衛星に2つのルビジウム原子時計を搭載した場合、中国が開発して配置できるGPS衛星は最大10個で経度60度ごとに2箇所の合計8機+予備機2機という計算になる。このことから中国政府は中国圏内だけで利用可能な自国製GPS衛星の開発を進めていると推測されている。

ただし、中国が軍事戦略的な目的で自国製GPS衛星の開発を進めていると考えているアナリストは少なそうだ。実際、アメリカ政府が中国領土内でのGPSの利用を無効化したりするというのはこの両国の間で戦争などの軍事対立が起こらない限り起こりえないからだ(そういう事態が起こらないとは限らないが、大国間の戦争は2国間の地域紛争という次元の問題というよりも人類存亡の問題となってしまう)。アナリストの間ではむしろ、中国はアメリカに対抗して地球の全域で利用可能な商用GPS衛星を提供を計画しているのではないかとする見方も強まっている。

民間部門でもっとも利用頻度の高い衛星はいうまでもなくGPS衛星となる。この分野で中国のGPS衛星の利用が普及すれば、中国の宇宙技術に対する信頼性は一気に向上する。商用ロケット打ち上げの依頼も増えるだろうし、なによりも地球規模の通信プラットホームを抑えることができる。

現在、アメリカが打ち上げて展開しているGPS衛星には総額120億ドル(約1兆4000億円)以上の予算が投入されている。予算的に日本が地球全域で利用可能なGPS衛星システムを展開することが不可能であることだけは確かだ。