2016-05-24 火星を周回する宇宙ステーションの計画を発表

米ロッキード・マーチン社、2028年までに「マーズベースキャンプ」構築へ

世界有数の航空宇宙関連会社である米ロッキード・マーチン社は5月18日、2028年までに人間を火星に送り込むという計画を発表した。同社が提案するのは、火星の地表に人間を降り立たせることではなく、国際宇宙ステーション(ISS)のような有人宇宙船を火星の軌道に投入することだ。

 NASA(米航空宇宙局)は現在、火星の有人探査に向けて、実現可能で費用対効果の高い火星ミッションのアイデアを募っている。ロッキード社の計画は、米国ワシントンD.C.で開かれた「Humans 2 Mars Summit」で発表された。

 同社の副社長で民間宇宙プロジェクトのゼネラルマネージャーであるワンダ・シガー氏は、発表の際に、「私たちが提案するのは『展望』です」と語った。この計画では火星に降り立つことはできないが、人類をほかの天体に送り込むために開発されている構成部品の多くを利用できるという利点がある。

 ロッキード社が製作したビデオによると、この計画は、NASAがすでに開発しているハードウエアを活用するものになっている。特に重要な役割を果たすのは、同社がNASAのために建造している宇宙船「オリオン」の深宇宙ミッションに対応できる乗員モジュールだ。

 計画では、オリオンはまず地球低軌道よりも高い高度をめざす。2018年には無人の月ミッションを行い、2021年にはアポロ8号のような有人の月フライバイを行う。2025年には、月程度の距離のミッションを複数回行う。ミッションは回を追うごとに難しくしていき、最後に火星有人飛行の予行演習を行う。地球から火星に行くには半年以上かかるが、予行演習は緊急時に迅速に帰還できるよう、3日以内に地球に戻れる距離で行う。

 さらに2026年には、火星周回軌道に無人モジュールと太陽電池からなる前哨基地を設置する。その2年後には人間をのせた宇宙船が地球からやって来てドッキングし、実験室と6人の宇宙飛行士の居住スペースからなる「マーズベースキャンプ」が完成して、将来のミッションの足場となるという。

大胆だが漠然とした計画

 ロッキード社の計画案は、多くの火星有人探査計画案と同じく、かなり思い切ったものである。これを実現するためには、強力な政治的支援と技術的進歩が必要であるだけでなく、オリオンの初期ミッションを完璧に遂行できなければならない。

 米スタンフォード大学の商業宇宙輸送中核的研究拠点のスコット・ハバード所長は、「同社の大胆さは称賛に値します」と言う。「ただし、この計画を実現しようと思ったら、よほどうまくやる必要があるでしょう」

 厳しいスケジュールで火星に前哨基地を建設するミッションが提案されたのは、今回が初めてではない。

 米国地質調査所の宇宙地質学科学センターの記録保管人で、『Human to Mars(火星をめざす人類)』の著者であるデビッド・ポートリー氏は、「12年で火星をめざす計画は、特に目新しいものではありません」と言う。「1963年にも、NASAの技術者たちは、1971年に火星に着陸できればと考えていたのですから」

 2015年には、国際的なNPOである惑星協会がワークショップを開催し、NASAジェット推進研究所(米国)の研究にもとづいて2033年までに人間を火星周回軌道に送り込み、火星の衛星フォボスとデイモスにも足をのばす計画について検討している。

 惑星協会のワークショップを共同主催したハバード氏は、詳細が不明なので、ロッキード社の計画を評価するのは困難だと言う。「私に分かるのはただ、同社のすばらしいビデオによれば、2028年に人類の火星到達が実現するらしいということだけです。具体的な想定が分からないので、決定的な答えは出せません」

どちらを選ぶか

 米ジョージ・ワシントン大学の宇宙政策の専門家ジョン・ログスドン氏は、火星の地表に着陸する前に軌道周回機を送り込むというアイデアは、少なくとも理論的には、NASAが火星への降下・着陸技術を開発する間、時間かせぎをしながら有人探査への肩慣らしをするという点では役に立つだろうと考えている。

「火星の地表に降り立つというリスクを取ることなく、行って帰ってくるだけでも、火星への飛行や乗員の生命維持、放射線防護など、多くの項目についてチェックすることができます。アポロ11号が月面に着陸する前年に、月を周回して地球に戻ってきたアポロ8号の役割に似ています」

 しかも、火星の軌道に有人周回機があれば、火星探査車をリアルタイムで制御することが可能になるので、科学者は大いに助かることになる。現時点では地球から制御しているため、45分の通信遅延が生じている。また、火星周回軌道に実験室があれば、火星の表面から自動で打ち上げられたサンプルを回収して分析することができるため、将来火星の表面に降り立つ宇宙飛行士の役に立つだけでなく、かつて火星に存在していた(もしかすると今も存在している)生命の探索を進めることもできるだろう。

 もう1つの利点は、コストを分散できることだ。具体的な費用は発表されていないが、ロッキード社の広報担当アリソン・レイクス氏によれば、同社の見積額はインフレ調整を行えば、NASAのこれまでの探査予算の範囲内におさまるという。

 ただし、新たなミッションを実施するためには、ほかのミッションを犠牲にしなければならない。ジェット推進研究所の計画もNASAの予算の範囲内におさまるというが、そのためにはNASAが国際宇宙ステーションの維持のために支出している30億ドルを2028年、できれば2024年までにゼロにする必要があるという。

「大規模な宇宙計画を、2つ同時に進めることはできないのです」とハバード氏は述べている。(ナショジオ)