2017-06-02 その名は「ファントム・エクスプレス」 - DARPAが開発する宇宙飛行機の正体

軍事衛星を低コストかつ迅速に打ち上げる、米軍の新たなる挑戦

鳥嶋真也/マイナビニュース

その名は「ファントム・エクスプレス」(Phantom Express)――。

米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)と、航空・宇宙大手のボーイングは5月24日(米国時間)、スペースプレーンの実験機「ファントム・エクスプレス」を共同で開発すると発表した。

ファントム・エクスプレスは、極超音速で飛ぶ飛行機から使い捨てロケットを発射して人工衛星を軌道に投入することを目指している。機体は再使用でき、人工衛星を低コストかつ迅速に打ち上げる手段の確立を目指す。

開発が順調に進めば、2020年にも試験飛行が始まる予定になっている。実現すれば、これまで数か月から年単位の準備期間がかかっていた人工衛星の打ち上げが、わずか数日という単位でおこなうことができるようになるかもしれない。

今回はXS-1ファントム・エクスプレスの概要や仕組み、そして米軍の狙いなどについてみていきたい。

XS-1

「XS-1(Experimental Spaceplane-1)」は、DARPAが立ち上げた無人のスペースプレーン、すなわち飛行機のように飛べる宇宙ロケットの実験機を開発する計画である。

計画が発表されたのは2013年11月のことで、米国の企業に対して提案の呼びかけがおこなわれた。

おおまかな開発目標として、最終的に3000から5000ポンド(約1361kgから2268kg)ほどの人工衛星を極軌道に送り込めるシステムにすること、また1回の飛行あたりのコストは500万ドル(約5億円)ほどであることという条件が定められている。同じくらいの打ち上げ能力をもつロケットは、現在おおよそ50億円はするので、10分の1を目指すということである。

そして最も挑戦的な目標として、10日間に10回の飛行をおこなえること、という条件も定められている。そのために機体の再使用も求められているが、機体のすべてを再使用する必要はなく、最終的に衛星を軌道に投入する上段は使い捨てでもよしとされた。1段目となる部分も、必ずしも飛行機のような大きな翼をつける必要はなく、目標が達成可能であるなら、胴体そのものが翼になるリフティング・ボディでもよしとされた。

これに応え、いくつかの企業が設計案の提案をおこない、2014年7月には、航空・宇宙大手のボーイング、再使用ロケットの技術に長けた新興のマステン・スペース・システムズ(Masten Space Systems)、そして「グローバル・ホーク」のような無人機の開発で高い実績をもつノースロップ・グラマンの3社が選ばれた。

またこの3社には、それぞれ別の企業がパートナーとして加わった。ボーイングはAmazon創設者ジェフ・ベゾス氏が立ち上げた新進気鋭のブルー・オリジンと、マステンは、当時サブオービタル飛行する有翼宇宙船の開発をおこなっていたエックスコア・エアロスペース(XCOR Aerospace)と、そしてノースロップ・グラマンはサブオービタル飛行をする有翼宇宙船「スペースシップツー」の開発で知られるヴァージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)と、それぞれタッグを組んだ。

この3チームにはDARPAから研究資金が提供され、さらに検討が進められた。それぞれ細かな部分は違うものの、翼をもった飛行機のようなロケットで宇宙まで飛び、そこで2段目を分離。2段目は衛星を軌道へ送り、一方の飛行機のようなロケット部分は大気圏に再突入して滑走路に着陸するというコンセプトでは共通していた。もっともマステンとエックスコアは、のちにリフティング・ボディのコンセプトに改めている。

2015年にはボーイングとマステンにさらに追加の資金が与えられ、そして今回、DARPAは最終的にボーイングの案を選び、ファントム・エクスプレスの開発が始まることになった。

ファントム・エクスプレス

ファントム・エクスプレスは、当初の案と比べ、細かな部分では変わっているものの、おおむねそのままで、翼をもった第1段ロケットと、使い捨ての第2段ロケットからなる、ちょっと変則的な2段式ロケットである。

全長は約30m、翼の端から端までの長さは約19mで、小型のジェット旅客機、あるいは大型のビジネス・ジェット機ほどの大きさをしている。構造には複合材を多用し、軽くて丈夫、さらに熱にも強い機体を目指すという。

打ち上げは他のロケットのように垂直におこなわれ、宇宙空間まで上昇する。このとき、機体は高度こそ宇宙に達しているものの、軌道速度は出ておらず、弾道飛行の状態にある。DARPAによると、最大速度はおおよそマッハ10くらいになるという。

そこで第2段を分離し、第2段はさらに加速して衛星を軌道へ運び、一方の第1段は大気圏に再突入し、翼で滑空して滑走路に着陸する。第1段はその後、整備や推進剤の補給をおこない、新しい第2段と衛星を搭載してふたたび打ち上げられる。

XS-1計画の責任者を務めるDARPAのJess Sponable氏は「XS-1は従来の航空機とも、ロケットとも異なる、両社を組み合わせたまったく新しい乗り物になります」と語る。

第1段が軌道に乗らないということは、軌道離脱のための逆噴射をする必要がなく、また大気圏再突入時に受ける熱の負荷も軽くて済むため、スペースシャトルほど大規模な耐熱システムもいらない。つまるところXS-1は、スペースプレーンとはいってもSF映画に出てくるような"宇宙飛行機"というよりは、"翼の生えたファルコン9ロケット"とでもいったほうが近い仕組みになっている。

また、同じくボーイングやDARPAが開発したもうひとつのスペースプレーンである「X-37B」と比べると、ファントム・エクスプレスは打ち上げ手段、X-37Bは宇宙での材料や機器の実験や試験の手段と、その役割は大きく異なっている。

ファントム・エクスプレスの開発が順調に進めば、2019年には搭載するロケット・エンジンの燃焼試験を10日間に10回おこない、実際にそれだけ高頻度の飛行に耐えられるかどうかの実証がおこなわれる。続いて2020年からは実際に飛行する試験に移り、まずは人工衛星を載せない状態で、第1段をマッハ5程度で飛ばすという。続いて第1段をマッハ10で飛ばし、実際に人工衛星を軌道まで送り届けるところまで実施するとしている。

スペースシャトルの遺産「AR-22」

今回、ボーイングにXS-1の開発企業に決まり、開発が始まるまでの間に起きた最も大きな変化は、パートナーが変わったことである。

かつてボーイングのパートナーとしてXS-1の開発に参加していたブルー・オリジンは、今でこそ液体酸素とメタンを使う高性能エンジン「BE-4」の開発や、そのBE-4を使う大型ロケット「ニュー・グレン」の開発などで名前が知られているが、XS-1の計画が始まった当時はまだ謎の多い企業だった。ただ、再使用ロケットを開発していることはわかっており、XS-1と共通する部分も多いことから、ボーイングがタッグを組んだのもうなづけた。

しかし今回、ファントム・エクスプレスの開発が始まるにあたって、ボーイングはブルー・オリジンではなく、「エアロジェット・ロケットダイン(Aerojet Rocketdyne)」を新しいパートナーとして選んだ。

エアロジェット・ロケットダインは、ロケット・エンジンの開発で長い歴史と実績をもつ名門で、アポロを月へ送ったサターンVロケットのエンジンや、スペースシャトルのメイン・エンジン(SSME)などを手がけたのもこの企業である。そしてファントム・エクスプレスの第1段に、まさにこのSSMEの技術を使った「AR-22」というエンジンが(想像図からはおそらく1基)搭載されることになった。

SSMEは液体酸素と液体水素を使うエンジンで、再使用できるだけでなく、高い性能ももち、シャトルが引退したといえどもその価値は薄れていない。

ただ、正確にはAR-22はSSMEそのものを使うのではなく、エアロジェット・ロケットダインと米国航空宇宙局(NASA)に保管されている、初期型のSSMEの部品を使うという。おそらくはAR-22として組み上げる中で、何らかの改良が加えられるはずである。

というのも、SSMEは再使用可能なエンジンであり、実際にスペースシャトルでの実績もあるものの、基本的には1回の打ち上げごとに分解して整備しなければならなかった。シャトルの運用後期から搭載されたSSMEの改良型ではいくらか改善がおこなわれているが、初期型を使うとされている以上、その恩恵は得られないため、初期型のSSMEをそのままXS-1に積んでも、10日間に10回の飛行という目標は達成できない。

したがって、何らかの大きな改良を施し、少なくとも10回飛行する間はノーメンテで使えるようにする必要がある。初期型SSMEの部品からAR-22を組み上げるにあたり、具体的にどのような変更がおこなわれるのかは不明だが、AR-22という新しい型番をつけたところからも、おそらくは大きく異なるエンジンにするつもりなのだろう。

ちなみに、ブルー・オリジンがパートナーから外れた理由は明らかになっていない。ただ、同社は現在、液体酸素と液体水素を推進剤に使い、再使用も可能なものの、AR-22よりはるかに小型のエンジンと、大型で再使用できるものの、推進剤に液体酸素とメタンを使うエンジンの2種類しか開発しておらず、ボーイングが考えるファントム・エクスプレスの要求に合わなかったから、という可能性はあろう。

米軍の悲願、実現するか

開発が順調に進めば、ファントム・エクスプレスは2020年から打ち上げが始まる予定になっている。もし、目論見通り低コストかつ高頻度での迅速な打ち上げが実現すれば、米軍の宇宙利用は大きな転機を迎えることになる。

開発にかかわるDARPAのBrad Tousley氏は「飛行機のように、また要求に応じて、そして何度も、宇宙にものを輸送できる技術の実証は、国防総省が考えるニーズを満たすために重要です。そしてまた、商業利用へのドアを開く助けにもなるでしょう」と語る。

たとえば、世界のどこかで戦争が起きた際、その場所を観測したり、そこに展開した軍隊と通信したりするのに適した軌道に即座に人工衛星を打ち上げたり、あるいは衛星が破壊された場合に、代わりの衛星を即座に打ち上げたりすることが可能になる。

DARPA、あるいは米国は、もう何十年も前から、再使用か使い捨てかといった違いはあれども、低コストかつ迅速に人工衛星を打ち上げられる手段を欲し続けていたが、実現したことはない。

たとえば2000年代、DARPAは翼のついた再使用ロケットから使い捨ての上段を発射するという、XS-1に似たコンセプトの「RASCAL(Responsive Access, Small Cargo, Affordable Launch)」という計画を立ち上げたが、後に中止。2010年代にはF-15戦闘機から発射する空中発射型の衛星打ち上げロケット「ALASA(Airborne Launch Assist Space Access)」という計画や、その前段階となる「SALVO(Small Air Launch Vehicle to Orbit)」という計画もあったが、やはり中止に終わっている。

ロケットの開発が死屍累々だった一方で、そうしたロケットでの打ち上げを想定した、低コストかつ短期間で打ち上げができる人工衛星の開発では、2000年代から国防総省は多くの実績を残してきている。たとえば米空軍や海軍は、2000年代にタクサット(TacSat)と呼ばれる、設計から打ち上げまでを1年未満で実現する小型衛星の開発をおこない、実際に数機が打ち上げられている。

また2009年には、DARPAや米陸軍、海軍などが参画する米国防総省の即応宇宙作戦室(Operationally Responsive Space Office)が、このタクサットをもとに「ORS-1」という衛星を開発。設計からロケットへの引き渡しまで30カ月で実現している。

こんなことが可能になったのは、モジュール式の概念を取り入れたためである。まず衛星の本体や、そこに使う部品を規格化しておき、あらかじめいくつも製造して保管しておく。そしていざ衛星を打ち上げる必要が生じれば、こうした部品を組み立て、地球観測衛星でも通信衛星でも、ほしい衛星をまるでプラモデルのように簡単に造れるようにしておく。

完成した衛星は、目的はそれぞれ違えど、使っている部品やその性能などは共通しているので、衛星単独での試験や、ロケットへの搭載、そこから打ち上げまでの試験などを、これまでよりは削減することもできる。

ファントム・エクスプレスが実現すれば、こうした人工衛星の技術を組み合わせることで、DARPAが、そして米軍全体が長年目指してきた、軍事衛星の低コストかつ即時の打ち上げという困難な挑戦が、ついに実を結ぶことになる。

もっとも、普段から情報収集の手段や抑止力として機能する、従来型の偵察衛星や早期警戒衛星とは違い、ファントム・エクスプレスや、それによって打ち上げられる衛星が活躍する機会というのは、実際に戦争などが起こる直前、あるいは起こった直後に訪れる。つまり本来であれば、活躍の機会が訪れないことが最も望ましい。

一方で、衛星を低コストかつ迅速に打ち上げられる技術は、前述したDARPAのTousley氏の発言のように、商業的にも大きな価値をもっている。願わくば、ファントム・エクスプレスが軍事的に活躍することなく、その背中に、企業や学生などが開発した人工衛星と、人々の夢を背負って飛ぶ日が訪れてほしいものである。

それはDARPAだけでなく全人類にとっての、難しくも乗り越えなければならない挑戦である。